東京高等裁判所 昭和38年(う)1528号 判決 1964年2月11日
主文
原判決を破棄する。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人伊達秋雄及び同松本一郎が連名で差し出した控訴趣意書、弁護人岡村勲、同儀同保及び同内田剛弘が連名で差し出した控訴趣意書及び弁護人岸副儀平太が差し出した控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。
伊達、松本両弁護人連名の控訴趣意第二点について。
記録を調査するに、被告人両名に対する昭和三六年一一月一日付の起訴状によれば、被告人両名に対する詐欺の訴因は「被告人等両名は、立川市の国鉄立川駅南口広場拡張に伴う都市計画実施区域内にある同市柴崎町三丁目九番地所在元野沢病院建物二棟及びその敷地約一四五坪を、将来同市において容易に買収し得るよう予め同建物及び敷地の借地権等を代表者小川良及び被告人等を含む九名の名義にて買収すべく画策したものであるところ、協議共謀のうえ、右買取り価格を水増しして、差額を秘かに利得しようと企て、代表者小川良に対しては、右利得の意思を秘し、右建物所有者で且つ同敷地の借地権者である社本富比人に対する売買代金は金六、三〇〇万円であるのに拘らず、秘かに自己等の利得分を水増し加算して表面上金七、五〇〇万円をもつて売買価格となすべき計画を樹て、右社本にその情を告げて協力を求め、これが諒承を受け、昭和三六年五月六日頃、同市柴崎町三丁目七一番地料亭業平こと西山いね子方等において、買収資金を多摩中央信用金庫より借入のため被告人等と連帯債務者となるべき右代表者小川良等七名に対し、前記水増し価格決定の情を秘し、恰も敷地借地権等の売買価格は、真実七、五〇〇万円である如く申し偽わり、同人等をしてその旨誤信させて、連帯債務者となることを承諾せしめ、よつてその頃、右小川等七名をして登記費用等を含め金七、六五〇万円の同信用金庫宛連帯借用証書にそれぞれ署名押印なさしめて、これを同金庫に差入れ、もつて同月一〇日頃、同市曙町二丁目六三番地所在同金庫本店において、小川良より右社本に対し代金の一部として同借用金中より被告人等の利得分を含む金一、二〇〇万円を交付させ、その頃同市高松町三丁目八五番地白井竹国方において、右社本から、右金員のうち被告人等の利得分である金九〇〇万円を被告人志村において受取り、これを騙取したものである。」というのであつて、右起訴状の記載中には、「よつて」とか「もつて」という接続詞が使用されているが、その前後につながる二つの事実の関係が必ずしも明らかでなく、従つて被告人両名の本件欺罔行為により、小川良等七名が錯誤に陥つたためにした給付行為は、同人等が連帯債務者となることを承諾したことをいうのか、あるいは又同人等が金七、六五〇万円の多摩中央信用金庫宛連帯借用証書に署名押印したことをいうのか、あるいは更に右連帯借用証書を同金庫に差し入れたことをいうのか、それとも又小川良が社本富比人に対して同金庫からの借用金中から一、二〇〇万円を交付し、そのうち九〇〇万円を右社本から被告人志村が受取つたことをいうのか、ということが必ずしも明確でなく、結局被告人両名の本件所為が一項詐欺に当るのか、それとも又二項詐欺に当るのかと、いうこともまた必ずしも明白でないことは、所論の指摘するとおりであるが、裁判長及び弁護人等の釈明に対する検察官の回答によれば、被告人両名に対する右起訴状記載の詐欺の訴因は、被告人両名が共謀のうえ、起訴状記載のように小川良等七名を欺罔したうえ、小川良をして、社本富比人に対して、多摩中央信用金庫からの借用金中から、被告人両名の利得分を含む金一、二〇〇万円を交付させ、そのうち被告人両名の利得分である金九〇〇万円を右社本から被告人志村が受取つて、これを騙取したということであることをうかがい知ることができるから、被告人両名に対する昭和三六年一一月一日付の起訴状記載の詐欺の訴因をもつて特定性を欠いているとすることは当らない。
しかも、被告人両名に対する右起訴状記載の詐欺の訴因は、その後、被告人両名に対する昭和三七年九月一九日付の訴因の一部訂正申立と題する書面により、「被告人両名は、立川市国鉄立川駅南口広場拡張に伴う都市計画実施区域内にある社本富比人所有の同市柴崎町三丁目九番地所在元野沢病院建物二棟及びその敷地約一四五坪の借地権を、右社本から小川良他六名と共に他より買収資金を連帯して借入のうえ買受けるに際し、右買取価格を水増して、秘かに利益を得ようと企て、右社本及び大嶽正義、白井竹国と協議共謀のうえ、昭和三六年五月六日頃、同市同町三丁目七一番地料亭業平こと西山いね子方等において、右買収資金借入の連帯債務者となるべき小川良、中島舜司、大路権次郎、福本春一、尾崎義蔵、中野喜介及び大貫昇一等七名に対し、前記社本に支払うべき右物件の売買価格は六、三〇〇万円であるのに拘らず、恰も七、五〇〇万円である如く申し偽わり、右小川等七名をして、売主である右社本の取得する売買代金は、七、五〇〇万円であつて、これが買収のためには右七、五〇〇万円以上の連帯借入を要するものと誤信させて、その頃右小川等七名をして、登記費用等を含め金七、六五〇万円の多摩中央信用金庫宛連帯借用証書にそれぞれ署名押印なさしめて、これを同金庫に差入れさせたうえ、同月一〇日頃、同市曙町二丁目六三番地所在右金庫本店において、右小川良から、情を知らない同金庫係員を介し前記借入金中より前記売買代金名下に現金四、三〇〇万円、小切手一枚(額面一、〇〇〇万円)及び預金通帳二通(額面計二、〇〇〇万円)を右社本に受取らせてこれを騙取したものである。」と訂正されたことが明らかである。もつとも、右書面は、表題が「訴因の一部訂正申立」となつており、又その内容も、「被告人両名に対する詐欺被告事件に関する起訴状記載の訴因を前記のように訂正されたい。」という趣旨のものであつて、その記載自体からは、右書面が、被告人両名に対する昭和三六年一一月一日付の起訴状記載の詐欺の訴因の変更をすることを請求したものであるのか、それとも単に右訴因の補正をすることを申請したものであるのか、ということが明確でないが、被告人両名に対する昭和三七年九月二六日開廷の原審第一一回公判調書によれば、原裁判所は、右申立を訴因変更の請求として取扱い、これに対して訴因変更許可決定をしていることが明らかであり、且つ被告人及び弁護人等も原裁判所の右措置に対して少しも異議を述べることなく、その後の手続を進めている事跡に徴すれば、被告人両名に対する昭和三七年九月一九日付の訴因の一部訂正申立と題する書面は、被告人両名に対する昭和三六年一一月一日付の起訴状記載の詐欺の訴因の変更を請求したものと認めるのが相当であり、右起訴状記載の被告人両名に対する詐欺の訴因は、原裁判所の訴因変更許可決定により、右訴因の一部訂正申立と題する書面記載のように変更されたものというべきである。ところで、右書面によれば、被告人両名の欺罔行為の内容は、社本富比人、大嶽正義及び白井竹国と協議共謀のうえ、本件物件の「買収資金借入の連帯債務者なるべき小川良外六名に対し、前記社本に支払うべき右物件の売買代金は六、三〇〇万円であるのに拘らず、恰も七、五〇〇万円である如く申し偽わつた」というのであり、その結果小川良外六名が陥つた錯誤の内容は、同人等をして、「売主である右社本の取得する売買代金は、七、五〇〇万円であつて、これが買収のためには右七、五〇〇万円以上の連帯借入れを要するものと誤信させた」というのであるが、同人等が錯誤に陥つたためにした給付行為としては、「その頃右小川等七名をして、登記費用等を含め金七、六五〇万円の多摩信用金庫宛連帯借用証書にそれぞれ署名押印なさしめて、これを同金庫に差入れさせた」うえ、「同月一〇日頃、同市曙町二丁目六三番地所在右金庫本店において、右小川良から、情を知らない同金庫係員を介し前記借入金中より前記売買代金名下に現金四、三〇〇万円、小切手一枚(額面一、〇〇〇万円)及び預金通帳二通(額面二、〇〇〇万円)を右社本に受取らせた」というのであつて、被告人両名の本件欺罔行為により、小川良等七名が錯誤に陥つたためにした給付行為が、同人等が、登記費用等を含めて金七、六五〇万円の多摩中央信用金庫宛連帯借用証書にそれぞれ署名押印したうえ、これを同金庫に差入れたことをいうのか、あるいは又その後、小川良が、同金庫本店において、情を知らない同金庫係員を介して、同金庫からの借入金中から、本件物件の売買代金名下に現金四、三〇〇万円、小切手一枚(額面一、〇〇〇万円)及び預金通帳二通(額面計二、〇〇〇万円)を社本富比人に交付したことをいうのかということは必らずしも明確であるとはいえないが、右書面の記載を通読すれば、右書面による訂正後の被告人両名に対する詐欺の訴因は、被告人両名が、社本富比人、大嶽正義及び白井竹国と共謀の上、右書面記載のように小川良等七名を欺罔したうえ、小川良をして、右社本に対して、情を知らない多摩中央信用金庫係員を介して、同金庫からの借入金中から現金四、三〇〇万円、小切手一枚(額面一、〇〇〇万円)及び預金通帳二通(額面計二、〇〇〇万円)を交付させて、これを騙取したということであることをうかがい知ることができるから、被告人両名に対する昭和三七年九月一九日付の訴因の一部訂正申立と題する書面による訂正後の、被告人両名に対する詐欺の訴因をもつて特定性を欠いているとすることは当らない。
従つて、論旨はすべて理由がない。
伊達、松本両弁護人連名の控訴趣意第三点について。
被告人両名に対する昭和三六年一一月一日付の起訴状記載の被告人両名に対する詐欺の訴因が、被告人両名に対する昭和三七年九月一九日付の訴因の一部訂正申立と題する書面によつて、前記のような内容のものに変更されたものと認めるべきことはすでに説明したとおりであるが、右変更後の被告人両名に対する詐欺の訴因と被告人両名に対して原判決が認定した原判示第六の事実とを対比すれば、論旨のいうように前者においては、本件犯行の主体を、被告人両名並びに社本富比人、大嶽正義及び白井竹国の五名が共謀したとしているのに対し、後者においては、これを、被告人両名だけが共謀したとしており、前者においては、被欺罔者を、小川良、中島舜司、大路権次郎、福本春一、尾崎義蔵、中野喜介及び大貫昇一の七名としているのに対して、後者においては、これを、小川良の一名だけとしており、前者においては、欺罔の日時及び場所を、昭和三六年五月六日頃立川市柴崎町三丁目七一番地料亭業平こと西山いね子方等としているのに対して、後者においては、これを、昭和三六年四月下旬立川市役所庁舎内の市議会議長室としており、前者においては、被欺罔者が陥つた錯誤の内容を、売主である社本富比人の取得する売買代金は、七、五〇〇万円であつて、これが買収のためには右七、五〇〇万円以上の連帯借入を要するものと誤信させたとしているのに対し、後者においては、これを、代金を七、五〇〇万円と協定した旨誤信させたとしており、又前者においては、騙取した財物及び財物騙取の態様を、小川良から、多摩中央信用金庫係員を介し、売買代金名下に、現金四、三〇〇万円、小切手一枚(額面一、〇〇〇万円)及び預金通帳二通(額面計二、〇〇〇万円)を社本富比人に受取らせてこれを騙取したとしているのに対し、後者においては、これを、小川良をして、売主本人に対し、同金庫係員を通じ、すでに支払済みの手付金を控除した残代金の支払として、現金四、三〇〇万円、金額一、〇〇〇万円の小切手一通、預金高各一、〇〇〇万円の普通預金通帳二通を交付させて代金の授受を完了するや、被告人志村が社本富比人から現金一、二〇〇万円を回収し、もつてこれを騙取したとしており、右両者の間には、右の諸点について相当の相違があることが明らかであるが、それにもかかわらず、記録を精査しても、原判決が原判示第六の事実を認定するに当つて、訴因変更の手続を経ていないことが明らかである。
論旨は、原判示第六の事実認定は審判の請求を受けない事件について判決をした違法があると主張するが、原判決の右事実認定と本件詐欺の公訴事実との間には事実の同一性があると認められるから、原判決が本件詐欺の公訴事実に対して原判示第六の事実を認定したことをもつて、審判の請求を受けない事件について判決をしたとすることはできない。
しかし、訴因と判決が認定した事実との間に、被告人以外の共犯者の有無、欺罔の相手方、欺罔の日時、場所、被欺罔者が陥つた錯誤の内容、騙取した財物及び財物騙取の態様等につき、その一、二の点について多少の相違があるにすぎず、従つて被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれがないと認められる場合には、あえて訴因変更の手続を経る必要はないが、本件においては、前記のように、訴因と原判決が認定した原判示第六の事実との間に、被告人両名以外の共犯者の有無、欺罔の相手方、欺罔の日時、場所、被欺罔者が陥つた錯誤の内容、騙取した財物及び財物騙取の態様の諸点につき、著しい相違があり、特に本件においては、被告人両名が極力詐欺の犯意を否認し、且つ小川良を欺罔した事実はなく、同人を錯誤に陥れた事実はないと主張している実情に徴すれば、原裁判所が右の諸点、特に欺罔の相手方並びに欺罔の日時及び場所について、訴因変更の手続を経ないまま原判示第六の事実を認定したことは、被告人両名の防禦に実質的な不利益を与えたものといわざるをえない。
すなわち、原裁判所が原判示第六のような事実を認定するためには、訴因変更の手続を経るべきであつたのに、その手続を経なかつた訴訟手続の法令違反があつたものというほかはなく、右違反は、事案の内容に照し、判決に影響を及ぼすことが明らかであるものと認められるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
よつて、本件控訴は理由があるから、爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三七九条により、原判決を破棄したうえ、事案の内容及び原裁判所の審理の経過に鑑み、同法第四〇〇条本文の規定に従い、本件を東京地方裁判所に差し戻すこととして主文のように判決する。
(裁判長判事 加納駿平 判事 河本文夫 清水春三)